商人道と石田梅岩

石田梅岩
平成26年4月19日
この10年間、私は寝ても覚めても、事業承継のことを考え続けています。
何故そんなことになったのかと言えば、自分の母の実家が一家存亡の危機を迎えているからです。
私の記憶にあるのは祖父のビジネススタイルが、いわゆる商人、あきんど、だったことです。
商人道を理論化し形あるものとしてまとめ上げたのは、江戸時代の碩学者「石田梅岩」の石門心学です。
近江商人と同時代の享保年間に活躍した人です。
士農工商の厳しい身分制度の中で、虐げられ、いつ権力者から疎まれるか分からない、厳しい環境の中で、商人の身を守る術として「三方よし」が形成され、家訓として守られてきたのです。
商人道は3Kです。勤勉・倹約・堪忍。
腰を低く、手を摺り合わせるのは生きる知恵でした。
世間が平和でなければ、存在そのものが許されません。
自らが存在をあらわにし、目立ってはいけないのです。生活が華美に走って資産没収、断罪されたのは、1705年の淀屋の五代目・三郎右衛門の時代でした。
彼らが名実共に認められて世の中の中枢に着くのは、明治維新後の渋澤・福澤の時代を待つことになります。

殖産・富国強兵の明治期に曾祖父が長野から東京に出て、油の問屋を始めたことが当家のルーツでした。
祖父の時代には一家は4人兄弟に分割され、3男だったので料亭や食堂への直接販売を任されていました。
そして、悲劇は祖母の身に起こりました。生まれる児がすべて女の子。その数6人。
明治から大正、昭和初期に時代の先端を走ってきた一族は、日本初のタクシー業、ガソリン販売業、レストラン経営などに手腕を発揮したのですが、祖父の分野はどんどん追い込まれていきました。卸売り、職人、裏方、革新が嫌われる。
そうした分野でしたから、良い婿を迎えてお家再興を計ったのですが、6人娘のうち、父の言いつけを守ったのは母一人でした。他の子たちは勝手に嫁いだり、婿を嫌って家出したり・・・。
結局、廃業した時点で、残った資産は小さな自宅だけでした。
相続したのは大學の教員になった五女で、彼女は独身のママ家督を相続し墓守をし、介護で親につくしました。<現在76才>
長女は私の母<88才>ですが、その他の5人の娘たちは、相次いで寡婦となり、子供の居ないものが2人。
結局、私が成年後見人となり、財産管理と施設への入居契約、埋葬許可証まで預かる状態です。
こうした叔母たちの人生の末路を見るにつけ、母が繰り言のように「私の人生は店の犠牲になった」語ることが気なるのです。

今は自由な時代になり男女平等が建前ですが、実際は女性の社会進出は遅れています。
後継者塾の方たちを見ても女性の比率は10~15%でしょうか?

あと取りとなった叔母は独身ですから私にお鉢が回ってきますが、我が家も娘二人ですでに他家へ嫁いでいます。

さて、この先のお話しは次回に譲りますが、事業承継と相続、家督の維持、墓守。
簡単に死ねないと言う実感が、私を切迫しています。
一日も早く事業承継を体系化し、優しく分かりやすく、人にお伝えできるような形にまとめ上げなくてはならないと!

お知らせ
今年度、当社ではプロフェッショナル養成講座を開きます。
造りたいのは、もちろん事業承継の専門家です。
幅広い知識と心構えと洞察力が必要ですから、たいへんな学習となることと思いますが、すでにほとんどの席が埋まっています。
今から、私たちと一緒に事業承継を本格的に学びたい方には、5月13日(火)18:30~ ガイダンスを行いますので、ご予約の上、ふるってご参加下さい。

フォームでのお問い合わせはこちら 03-5408-5506