「事業承継士から見た事業承継支援の実例 後編」

 前回からの続きです。社長が事業承継をやろうと決断していない場合に、どんな言葉を投げかけて、その気にさせるのか、というお話をしました。

 今回は、後継者が「経営者をないがしろにする」「経営者を否定し、すべて自分流にやろうとする」という後継者に対して、事業承継士はどのように対処していくべきか、というお話をします。

 前任否定をする後継者は、おおよそ二つのタイプに分かれます。
一つ目は、自分に自信がないタイプ。
自信がないのに、なぜ前任者を否定するかと言えば、それをすることにより、自分の力を誇示し、社員に力を見せつけたい、ということがあります。
二つ目は、経営者が優秀過ぎて自分では超えられない壁がある、経営者ほどのカリスマがないので、どうやって社員を引っ張っていいかわからない、という不安なタイプ。

 この2つのタイプの後継者に対して、次のお話をします。
「まずは、先代の経営者がやってきたことをそのまま1年間は継続してみてはいかがですか。その上で、自分流に改革してみてはいかがでしょうか?」
「カリスマはなくてもいいですし、何でもかんでも1人でやる必要もありません。出来なければ経営者のやっている仕事を分担してもいいんじゃないですか」
こう伝えると、後継者は一様にホッとした表情をされます。そして、数年以内にほとんどの後継者がバトンタッチを受けて経営者になって、再度お会いした時に言われるのが「経営者になってみてはじめて必要悪があることもわかった、法に触れるわけではないが、ネガティブなことも、やらなければならないことがあるということを知った」と言われます。その言葉を聞いてから、はじめて「では改革するためのお手伝いをしましょう。どの分野から改革を進めますか・・・」というように支援をしていきます。

 経営者は、修羅場をくぐりぬけて来た凄みがありますし、その中から編み出された経営の手法には一定の敬意を払うべきです。ただ、同時にネット社会の進展、グローバル化、など環境の変化に対応出来ていない分野があることも事実です。これが、経営者が完璧で、後継者が未熟過ぎる、と事業承継士がばっさり切り捨ててしまったら、何も進みません。
お互いに得手不得手があるということを認め合ってもらうところから事業承継がスタートするのです。

 後継者塾でもこの教えを基本とし、その上で、経営戦略、労務、法務、財務といった勉強をしていくことになるのです。まずは後継者の腑に落ちるお話をすることが大事なのです。

(Writer:金子 一徳)