中小企業オーナーの事業承継では、「自社株を誰に承継させるか」が注目されがちですが、実務上はむしろ“個人資産をどう整理するか”で揉めるケースが少なくありません。
後継者には株式を集中させたい。しかし、後継者以外の相続人にも一定の配慮が必要になる。結果として、現預金や不動産を巡る遺産分割協議が長期化し、かえって会社経営に悪影響を与える――これは典型的な事業承継トラブルです。
こうした中、2026年4月施行の『新公益信託制度』は、事業承継実務において新しい可能性を持つ制度として注目されています。公益信託とは、委託者の想いに基づき、財産を公益目的のために継続的に活用する仕組みです。今回の制度改正により、従来より柔軟かつ使いやすい制度へと大きく見直されました。
例えば、オーナー個人が保有する上場株式や賃貸不動産の一部を、生前に公益信託へ拠出するケースを考えてみます。公益目的としては、地域教育支援、研究助成、文化振興、地域福祉などが想定されます。
適切に設計された公益信託であれば、その財産は本人死亡時には既に個人財産から切り離されており、結果として遺産分割対象財産を少なくする効果が期待できます。つまり、「承継対象財産そのものを減らす」という発想です。
さらに、一定要件を満たせば、公益法人類似の税制優遇も整備されています。寄附金控除や譲渡所得非課税措置など、公益性を前提とした税務メリットも期待できる点は見逃せません。
もっとも、ここで重要なのは、「節税ありき」にしないことです。
公益目的の具体性、継続性、不特定多数性が不十分であれば、租税回避的と評価されるリスクがあります。また、形式上だけ公益信託にしても、実質的支配がオーナー側に残っていれば否認リスクは高まります。
実務上は、次の3点を必ず検証すべきでしょう。
第一に、「本当に手放して問題ない財産(自社株式)か」。
第二に、「後継者の納税資金・生活資金を毀損しないか」。
第三に、「遺留分侵害額請求との関係整理ができているか」。
例えば株式1000株を経営者が持っており、この財産価値が3億円、他に不動産1億円、現金1億円を保有している経営者がいたとしましょう。この経営者には、長男(後継者)、次男、三男とおり、経営者が元々農家出身だったこともあり、地域ボランティアで「日本の田んぼを守る会(仮名)」という財団法人で慈善活動をしていました。そこで「創業者利益の一部を、永続的に社会へ還元する」という“公益資本主義型”の事業承継をこの公益信託法を使って設計してみましょう。ただ、公益を考え過ぎると長男の経営権維持が疎かになるので、そこも考えつつ、次男・三男との調整、相続税圧縮、も同時に狙うとすると、、、
まずは、自社株式1000株を種類株式化します。
A種類株(経営権株)
• 議決権あり
• 普通配当(実際は無配とする)
※1)このA種類株300株を長男へ。
B種類株(公益還元株)
• 無議決権
• 配当優先
• 残余財産分配制限
• 譲渡制限あり
• 取得条項付
※2)このB種類株700株を公益信託として財団法人へ。
会社利益の一部が、配当として毎年、「日本の田んぼを守る会(仮名)」へ流れます。このように“会社利益の社会還元回路”を創業者が永久設計することになります。こうして、「経済価値は持つが経営介入できない」状態を作ります。
実務上で実は大事なことは、後継者以外の“家族の納得感”を得られやすいことです。創業家で揉めるのは、「兄だけ会社を独占した」感情ですが、この場合、「利益の一部は社会へ還元される」となると、創業者理念への共感が生まれやすい。これはすなわち“創業家の哲学”
の承継になるからです。
また、税務の観点から言っても当初は、相続財産全体で5億円でしたから、基礎控除が奥様が亡くなっている前提で考えると、相続人3名なので3,000万円+600万円×3人=4,800万円となり、課税価格=5億円−4,800万円=4億5,200万円ですから、法定相続分で仮計算すると、3人合計の相続税額は1億2,980万円になります。
一方で、これを上記のように公益信託を活用しますと、公益信託分が相続財産から切り離されるため、A種類株式のみが相続財産として対象となることで、3億円の価値が9000万円(3億円×30%(=300株))まで減り、課税価格=2億9,000万円−4,800万円=2億4,200万円となり、法定相続分で仮計算すると、3人合計の相続税額は5,160万円へと激減します。
ただし、一番大事な点は、この公益信託の設計は、単なる節税ではなく、「会社を誰のものにするか」を再定義することです。つまり、会社という実質的には〇〇家の個人的な資産形成する器を経営権は後継者に維持しながら、そこから稼いだ利益の一部を社会還元していくという事業承継の形を作り上げるわけです。もちろん、ここに公益性が本当かどうかの視点が必要なので、「日本の田んぼを守る会(仮名)」の実質運営に経営者一族が携わってはいけませんので、理事を親族だけで固めたりするのはもってのほかです。
そして、実務ではさらに、遺言/生命保険/ホールディングス化まで組み合わせることで、かなり面白いスキームが完成するのではないかと考えています。近々、事業承継士講座のテキストにも盛り込み、第一号の案件化をしていきたいと考えております。
Writer:金子 一徳
