〜「退職金で株価を下げる」時代の終わりと、収益力評価への移行〜
1. 改正の概要:約60年ぶりの評価体系の転換
2026年8月、国税庁は取引相場のない株式(いわゆる一般的な中小企業)の相続税評価について、現行の「純資産価額方式」および「類似業種比準方式」ならびにこの2つの折衷方式を廃止し、「簿価純資産+残余利益×5年分」に一定の係数を乗じる「残余利益方式」へ一本化する新ルール案をまとめました。2027年度税制改正大綱への反映を経て、2028年1月以降の相続から適用を目指すとされています。改正の柱は次の3点です。
• 類似業種比準方式の廃止:上場類似企業との比準ではなく、各社の純資産と収益力で評価
• 時価純資産ではなく簿価純資産を基礎に:土地等の過去の含み益を評価に取り込まない
• 会社規模区分による評価方式の使い分けを廃止:大会社・中会社・小会社による評価格差を是正
※現行制度では、純資産価額に対する申告評価額の割合の中央値が大会社で0.32倍、中会社で0.50倍程度と、規模が大きいほど評価が割安になる構造があり、この「格差」を前提とした株価対策が広く行われてきました 。
2. 退職金による株価引下げ策は「無意味」になるのか
結論から言えば、完全に無意味にはなりませんが、効果と位置づけは大きく変わります。
現行の純資産価額方式では、純資産が社長個人に移転しますし、また類似業種比準方式でも、利益・配当・純資産の3要素で評価するため、退職金支給による利益圧縮は株価にダイレクトに効いてきました。新ルールでも評価の基礎は「簿価純資産」ですので、退職金を支給すれば純資産はその分減少し、評価額を下げる効果自体は残ります。
ただし、新方式で注目すべきは、国税庁が「一時的な役員退職金」を非経常的損益として除外し、「正常利益」で評価する方向性を明示した点です。つまり、退職金による利益圧縮は収益力評価に反映されない可能性が高いのです。
3. 中小企業の事業承継への実務的影響
第一に、評価額の増減は企業属性によって二極化します。利益体質で簿価純資産が小さい成長企業は評価上昇(増税方向)、含み資産が大きい不動産保有型・低収益企業は評価低下の可能性があります。「全社一律の増税」ではない点を正しく認識すべきです。
第二に、株価対策の発想の転換が求められます。退職金・保険・組織再編といった「評価技術的な引下げ」から、収益計画の平準化、簿価純資産のコントロール、そして持続的な収益力の設計へ。後継者への株式移転のタイミングも、適用開始の2028年1月を境に再シミュレーションが必須です。
第三に、事業承継税制とのセット検討です。中小企業庁の有識者会議では、法人版事業承継税制について猶予税額の免除措置の検討も示されており、評価額が上がる企業ほど「猶予から免除への道筋」の設計が承継の成否を左右します。
4. シミュレーション上から言えること
以下は、(A社)純資産1億円で土地の含み益が5000万円の企業が過去4年間平均で0万円の利益で直前期に退職金5000万円を支給して▲5000万円の赤字の場合と、(B社)純資産1億円で土地の含み益がなしの企業が過去4年間平均で2000万円/年の利益で直前期に退職金5000万円を支給して▲3000万円の赤字の場合との場合をシミュレーションしてみた図です。
このシミュレーションが示す3つの衝撃
① A社は「何もしなくても」評価が下がる 現行方式では含み益が時価洗替されて評価に乗りますが、新方式は簿価ベース。退職金を打たなくても10,000万円+残余利益調整程度の評価になり、含み益対策としての退職金は意義を失います。
② B社は退職金を打つと「むしろ増税」になる ここが最大のポイントです。国税庁の第5回有識者会議資料では、「一時的な役員退職金」は非経常的損益として除外し、「正常利益」で評価する方向性が明示されています 。つまりB社の▲3,000万円の赤字は収益力評価から除外され、正常利益2,000万円が維持される一方、簿価純資産が5,000万円に減ることで資本コスト控除(250万円)が小さくなり、残余利益が増幅。退職金を打ったのに現行方式(5,000万円)より2.75倍の評価になる計算です。
5. 今とるべきアクション
詳細な計算式の係数や残余利益の定義は今後公表される資料待ちですが、(1) 自社の簿価純資産と直近5期の利益推移の棚卸し、(2) 新旧方式での試算比較、(3) 事業承継税制の適用可否の再確認、今から始めて2027年中に進めることをお勧めします。株価対策の「常識」が変わる転換点だからこそ、早期の自社診断が最大の対策になります。
※本メルマガは2026年8月時点の報道ベースの「検討案」に基づくため、係数や経過措置など制度詳細は今後の税制改正大綱・通達で変わる可能性があります。
金子一徳
Writer:金子 一徳
