「2018年民法改正により遺言が重大な意味を持つようになった具体的なケース 事例編」

甲社は下請け部品メーカーとして創業以来、一貫して納期厳守、品質安定の基準を愚直に守ってきました。創業者Aは、自分が2代目という立場柄、相続で苦労したことを踏まえ、後継者の長男Bに20年前から自社株式の持ち分を暦年贈与の範囲で少しづつ贈与しており、ようやくすべての株式を長男Aに渡し終えた時に、気が付けば70歳。

年商もここ4~5年は自社商品の開発も大当たりし、10億円を超えるレベルに達したところで急逝してしまいました。原因は脳梗塞です。創業者Aの法定相続人は、奥様が先にお亡くなりになっていたため、後継者である長男Bとサラリーマンの次男Cの2人となりました。なお、次男Cはもともとは、甲社に入社して、長男Bのサポートをしていた時期もありましたが、ほんの些細な出来事から互いのお嫁さん同士が喧嘩してしまい、それがきっかけで、兄弟仲まで険悪となり、次男Cが甲社を去ったといういきさつがありました。

創業者Aは、そろそろ書かなければと思いながらも、結局は日常の忙しさに流されてしまい、遺言をとうとう書かずに死を迎えてしまったため、長男Bと次男Cは二人で遺産分割協議を開くことにしました。残された財産は現金2000万円のみでした。ちなみに、20年前の自社株式の相続税評価額は5000万円でしたが、創業者Aが亡くなった時は2億円になっていました。

さて、ここで問題です。2018年の民法改正によって、皆さんご存じの通り遺留分の算定の基礎となる財産に含める贈与(特別受益)は、亡くなる直前の10年間に限られたことは記憶に新しいと思います。では、この場合、2000万円の現金を2分の1づつ分けて”ハイ、ちゃんちゃん”となると思いますか?どのように遺産分割が行われることになるのか、予想出来るでしょうか?

実は、次男Cは長男Bが生前に贈与された自社株式を創業者Aの亡くなった時の財産に足して、それを2等分しろ!という権利を持っています。これを『特別受益の持ち戻し』と呼ぶのですが、この特別受益の持ち戻しの権利は、遺留分とは関係なく、亡くなった後、何十年でも遡ることが未だに出来るのです。しかも、今回は自社株式というところがやっかいです。自社株式を亡くなった時の時価、
つまり相続税評価額で計算し直して、それを法定相続分通り2等分しろ!と言えるわけです。

ということは、せっかく後継者の長男Bが会社の業績をアップさせたとしても、この特別受益という民法の考え方のせいで、長男Bは、相続した財産の中から足りない分を補うか、下手をすると自社株式を一部次男Cへ渡さなければならなくなってしまう可能性もあるのです。そうならないために、どのような対策が必要だったか…それは次回解説することとしますね。

(Writer:金子一徳)