「自筆証書遺言の保管制度がスタートしてデメリットがなくなった!それでも私が公正証書遺言を勧めるわけ」

いよいよ2020年7月10日より自筆証書遺言の保管制度がスタートを切りました。2018年から始まった民法改正の施行が五月雨式にあって、これが一連の改正の最後の施行になります(厳密にいえば、保管制度は民法ではなく遺言書保管法となります:以下「保管法」と呼ぶ)。これで何が変わるのか見ていきましょう。

まず、この制度は自筆証書遺言しか対象になりませんので、使うためには自筆証書遺言を書く必要があります(保管法第1条)。書いたら、すぐに予約をしてから遺言者の住所地・本籍地・所有不動産のある地のいずれかの法務局に自ら出向きます(予約が必須)。そして、自筆証書遺言を封せずに持参しましょう。1件につき3,900円の手数料を払いますと、職員が日付、押印の有無など形式の不備をチェックし、不備がないようでしたら、原本とその画像を保存してもらえます。これにより相続人は全国の法務局で自筆証書遺言の検索ができるようになったのです。

自筆証書遺言は、コストを全くかけずに手軽に何度でも書くことが出来るという使い勝手の良い反面、次のようなデメリットがありました。①「検認」を家裁で受ける必要があるが、忘れてしまうあるいは手間や時間がかかる、②全文を自筆で書く必要があり(ただし2019年1月13日からは、財産目録だけはワープロ・通帳のコピー・登記事項証明書でも可と変更)、要件を満たさないと法的に無効になる、③遺言書が書かれていないものと思い、遺産分割協議をしたら後で発見された、または故人は「書いた」と言っていたが見つからない、④自分に不利な内容の自筆証書遺言を見つけた発見者が、破棄や改ざんをするリスクがある、などです。

保管法施行により、自筆証書遺言の閲覧や画像確認がされると相続人全員に自筆証書遺言を保管してある旨の通知がされるようになりました。また、事前に自筆証書遺言の要件が満たされていることを確認してもらっているので、検認が不要となり、全国の法務局で検索ができるため自筆証書遺言の有無をすぐに確認できるようになりました。そして、これまでの弱点であった破棄や改ざんのリスクもなくなりました。

一方でこれまでメリットだった遺言を取り消したい/内容を変更したい場合は、保管しているものを一度撤回申請し、再度保管の申請をするという面倒な手続きを取らなければなりません。検索はあくまで相続が発生した後にしかできませんし、原本の閲覧は保管されている法務局に対してしか請求できません。

そして、結論から言いますと、経営者はやはり公正証書遺言を書くべきだという持論は変わっていません。その理由は、確かに公正証書遺言は証人を2人以上立てたり、遺言書の内容を吟味、検証し、事業承継士のような専門家に入ってもらってアドバイスをもらうなど手間・コスト面では、自筆証書遺言に軍配が上がります。また、安全性・検索・閲覧の請求手続き・検認の必要という面でもほぼ互角になりました。さらに、「死亡時通知」と言って、本人の死後に法務局から予め指定しておいた方(1名のみ)宛てに通知してもらえるサービスが2021年度以降スタートする予定であり、公正証書遺言においては同様の通知サービスがないため、この点においても自筆証書遺言に軍配が上がりそうです。

これだけ比較すると、自筆証書遺言の方が圧倒的に有利なように感じるかもしれませんが、最後の重要な視点として、「後継者と後継者以外の紛争の防止」「後継者が事業承継で経営を安定的にできる資産配分」という面で捉えた時にその答えが浮かんできます。

まず、自筆証書遺言の保管制度は、遺言の内容の正確性や、遺言者の遺言能力を担保するものではありません。したがって、書き漏れ、自分の意図が正確に反映されているか、遺留分をある程度意識しているか、感情的になって極端な偏りになっていないか、そして事業承継する上で事業用資産とそれ以外の資産が後継者と後継者以外に合理的に分与されているか、などアドバイスをもらわずに単独で作成してしまうと、後日紛争が生じる可能性は否定できません。

ところで、法務局では、自筆証書遺言を預かる際に次の点の確認をすると説明されています。①遺言書が民法第968条の定める方式に適合しているかの外形的な確認、②遺言書を自署したかどうかの確認、③本人であることの確認、たったこれだけです。これに対して公正証書遺言書は、公証人との事前打合せにより公証人が作成すること、証人の立会が必要な事(その後の証言も得られやすい)など総合的に見ると、紛争の防止に役立つことは間違いありません。また、公正証書遺言では作成時に公証人が本人に遺言の趣旨を口述させて、1つ1つ「これでよいか?」と意思を確認します。確かに、自筆証書遺言の保管制度でも、本人確認は行われますが(保管法5条)、遺言の内容の1つ1つについて「これでよいか?」という確認はされません。つまり、法務局は遺言の内容については一切アドバイスしないのです。

確かに、公正証書遺言書における本人の意思確認が完全なものかというと、本人の遺言能力について争われた裁判例もありますから、必ずしも完璧なものとは言えません。しかし、経営者たる者が、後継者に事業承継という側面から財産を遺してあげるという行為を、確実にかつ紛争を起きない状況にしてあげるのは、経営者の義務だと考えます。したがって、経営者から遺言を書きたいんだけど…と相談された時には、「公正証書遺言書がお勧めです」と私は堂々と答えるようにしています。

(Writer:金子一徳)