後継者と家庭の事情

自宅の庭で製造業を始めた父に対して、子供たちが反発していた家族がありました。
兄弟姉妹がたがいに遠慮し合って、父の会社から遠ざかってしまう事例がありました。

一般的に独立開業した当初は、夫妻で寝食を忘れて働き、なんとか会社を維持しようと無我夢中で頑張る社長が多いものです。
その結果、家庭生活はないがしろにされ、子供たちは寂しい思いをさせられます。
とりわけ幼い子がいる場合は別として、皆が小学生ぐらいに成長している場合は、子供だけで食事をしたり、互いに慰め合ったりして過ごすことも多いと思います。
やはり年長者の長男長女には、親からの圧力も強く入り、幼い弟妹の面倒見や、家事の手伝いは言うに及ばず、仕事の手伝いまでさせられているケースも見られます。

また、仕事で疲れ果てた夫婦が、子供たちの面前で言い争いをしたり、険悪な人間関係を家庭に持ち込むことも多く、子供たちは情緒不安定な状況で育つことになります。

やがて事業は軌道に乗り、豊富に役員報酬の取れるようになるころには、親世代は引退が近づいてきます。
その時になって、子供たちが自分たちと、心理的な距離を遠くしていることに気が付く親が多いものです。
それに気が付いて、若い時の仕事の無茶ぶりと、子供たちへの悔悟の念から、過保護になる親も見受けられます。
その結果、子供の中には、成人しても親元から離れないで、パラサイトのごとく経済的な独立をできない子も存在します。

これらは親世代の過去を取り戻そうとする心理から来ています。
子供たちに与えた憐憫の情が、お金で贖えるものなら、という思いが生まれ、子供の独立心を阻んでいるのです。
場合によっては心理学的な「共依存」の関係性まで見えてきます。
互いに自分の気持ちを受け止めてもらえる相手を求めて、社会的な常識や価値観とは別の世界で生きています。

後継者が子供たちの中から育ってほしいと願う親は多いものです。
特に高齢になると、自分が育ててきた会社を他人の手に渡すことが、どうしても納得できないという人が増えてきます。
そうなってから、急に後継者として育てて欲しいと依頼されても、手遅れの事例も増えています。

家族関係の修復と、事業承継の関係は難しい側面をはらんでいますが、何よりも早めに「事業承継計画」作りに着手することができれば、解決への糸口が見つかることも多くなります。
また、親世代が高齢化している場合は、急な相続の発生リスクが高まるので、早期着手の重要性は増していくものと思われます。

事業承継士の皆さんの中には、親子間のぎくしゃくした姿を見たり、家族関係のトラブルに仲介の労を取っている方もいると思います。案件ごとに状況は異なることと思いますが、後継者がやる気を失わないようにすることが第一のテーマとなります。
それでも親族内での承継が難しいなら、第三者承継やM&Aへのアドバイスを繰り出すことになると思います。
その際は、親子関係の過去の出来事にも注意してください。互いのボタンの掛け違いが、いつ、どこで起きたのか、その原因を修正しておかなければ、将来に禍根を残すことと思います。

修正の方法は、互いの思いを交換し合うことから進めてください。親子の対話が苦手でも、事業承継士が間に入ることで、本音で話せることも多くなります。
「あの時は仕事が忙しくて、、、、、」「申し訳ないと思ってるんだ」という親の本音が聞こえれば、「今さらそんなことを懺悔されても、、、、」「それより未来の会社のことを話合おう」という後継者の切り替えが生まれるかもしれません。世代の違いを互いに意識して、新しい会社の歴史を作るのは、後継者の役割だということを忘れないでください。

今起きていることは、過去からの贈り物。
温故知新を忘れずに、事業承継士として頑張ってください。

(Writer:内藤 博)