人生100年時代、相続対策では備えられない(2)

医療が発達していること、人々の健康に対する関心が高くなっていることで、お元気な高齢の方が増えています。

認知症の進行と身体状態は相互に影響しあいますが、認知症はまだまだ未解明の部分も多い病気です。身体はとっても元気でも、認知症がはじまる、進行していくこともあります。

前回の記事では、従来の相続対策(亡くなる直前の対策)では遅く、認知症になる前の対策の重要性が高くなっているとお伝えしました。

前回の記事はこちら

認知症が進行し、判断能力が欠けてしまうと法律行為ができなくなるなど、様々なトラブルが想定されます。

身近なところでは、

・預金の引き出し

・不動産の購入や売却

・老人ホームの入居契約

・生命保険の加入や変更、解約手続き

・そのほか携帯電話など対面で行い本人確認が伴う契約

・子や孫への贈与

・医療行為の決定や治療の同意

などができなくなります。

さらに経営者の方だと、

・株主として:自社の議決権の行使(会社の重要な意思決定)

・企業の代表者として:自社の重要な取引(融資や投資、大きな取引)

などができないといったリスクもあります。

では具体的に認知症対策はどのように検討したらよいのでしょうか?

大きなテーマは、「民事信託」「遺言」「成年後見制度」「生命保険」「生前贈与」の5つ。

認知症対策に万能な対策はないとお伝えしましたが、今回の記事では、「民事信託」を中心に「遺言」「成年後見制度」「生命保険」「生前贈与」との違いについて解説します。

 

■民事信託とは

民事信託(家族信託とも呼ばれます)は、委託者(財産を保有する人)の判断能力がある間に、受託者(信頼できる人、家族など)と信託契約を結び、財産管理を託すことができる制度です。

具体的には、不動産や預貯金などの財産を自分の老後や、自分が亡くなった後の手続きを信頼できる相手である受託者に託すことができます。

この託す行為を”信託契約”といい、当事者の事情に合わせた契約内容にすることができます。

民事信託では、一人ひとりの要望や家族のかたちにあわせた設計を作り、民法や会社法といった法律で解決しづらい財産の困りごとに柔軟に対応することができます。

 

■遺言との違い

公正証書遺言にしても自筆証書遺言にしても、民事信託との最大の違いは、効果が生じるタイミングです。

遺言は、亡くなった後にしか効果が生じません。

一方で、民事信託は、本人(委託者)と信頼できる相手(受託者)との信頼関係に基づく契約です。

この契約をしたタイミングで効果が生じますので、“もし自分の判断能力が低下したら”という生前のリスクに予め備えて、必要な財産管理の権限を付与することができます。

また、財産の行き先を次、次の次、そのまた次というように、連続した行き先を指定することができます。

設計次第で、先祖代々の土地や自社株式など確実に承継していってほしい相手を指定して託し、受け継ぐことができます。

 

■成年後見制度との違い

​成年後見制度は、判断能力が低下した際の財産管理や契約行為をサポートする点で、民事信託と似ています。

こちらはすでに判断能力がなくなってしまった後に利用される“法定後見制度”が主流です。

民事信託との違いとしては、判断能力があるうちに、自分の“信頼できる相手”に任せることができるかどうかといえるでしょう。

法定後見制度では、財産管理(と身上監護)は“法定後見人”と呼ばれる人が行っていきますが、この人選は裁判所が行います。

よって、本人が希望していた相手がついてくれるとは限らないのです。

実際この法定後見人に親族が就任しているのは2割にとどまり、残りの8割は弁護士や社会福祉士などの専門家が占めています。

つまり、全く顔も知らない専門家が家族の問題に介入してくることも往々にしてあるということです。

また、民事信託が任された財産の運用もできるのに対し、成年後見制度では運用はできず、財産の保全にとどまる点も大きな違いです。

 

■生命保険との違い

もっとも身近なものが、生命保険です。生命保険は、万が一の際に本人や残された家族の生活を守ることが目的です。

一定期間生計を共にしている等の要件を満たせば、内縁関係の方でも保険金の受取人にすることができる点で、民事信託と同様に柔軟性があります。

民事信託との違いは、あくまでも金銭の給付である点です。

本人の代わりに財産の管理や運用、処分をしてくれるわけではありません。

 

■生前贈与との違い

生前贈与は、あげます、もらいますという意思表示で生前に財産を渡すことができます。

計画的に家族とコミュニケーションを図りながら、贈与を行っていくことで、相続税対策や争族対策も可能です。

また、生前贈与には負担付き贈与という、受贈者に無償で財産を与える代わりに何らかの負担をしてもらう方法もあります。

家を贈与する代わりに介護をしてもらう、といった一定の義務を負わせるようなことです。

ですが、相手が約束通り義務を果たしてくれない場合、何らかの罰則が適用されるといったことはないため、すでに贈与したものを返還するように要求するほかありません。

一方の民事信託では、信託する財産の管理、運用、処分の方法や手段を具体的に設定することになります。信託契約を解除することによって、財産管理をやめることができます。

 

■民事信託のデメリット

民事信託を中心に、認知症へ備える手段を比較してご紹介しました。

万能そうに見える民事信託にも下記のようなリスクがあります。

・法的ルールが明確になっていない部分がある

・受託者の負担が大きい

・熟練した専門家が非常に少ない

民事信託は、信託法という法律が改正されてから十数年しか経っていない新しい制度です。

信託法上。信託契約の内容はとても自由な設計ができることになっていますが、民法の考え方と異なることも多く、ルールが明確になっていない部分があります。

このルールが明確になっている部分と、なっていない部分を理解し、明確になっていない部分については避けるか、または対策をとっておくことが望ましいです。

また、財産管理を任される受託者は、様々な権限を委ねられるため、その分責任も重いのです。

受託者として信託契約をする場合は、民事信託の仕組みはもちろん、受託者の責任をしっかりと理解する必要があります。

そのためにも、信託に精通した専門家と一緒に取り組む必要があるのですが、経験豊富で熟練している専門家はまだまだ少ないのが現状です。

 

■事業承継時の認知症対策

認知症対策に万能な対策はありません。

財産の保有状況や金額、家族構成、希望のライフプラン、承継方法によって、自分にあった手段を選択していく必要があります。

そもそもどの手段が自分に適しているのかという入口の総合的な相談は、特定領域に特化した専門家に相談すると、数多ある選択肢がその専門家によって検討されることもなく排除されてしまうリスクがあります。

同時に、自社株式のように、換金することや平等に子どもたちに受け継がせることが困難な財産がある場合は、事業承継に関する知識も欠かせません。

事業承継士は、単なる個人財産の認知症対策にとどまらず、自社株式の承継対策にも精通しています。

その中には、民事信託の実務経験が豊富な専門家もおります。

気になることがございましたら、ぜひ一度、事業承継センター株式会社にご相談ください。

 

(Writer : 吉田 晴香)