成功事例と失敗事例から考える事業承継のポイント

事業承継は準備を早く始めることが大切だと言われます。成功事例と失敗事例を参照しながら事業承継を上手に進めるポイントについて考えてみましょう。

まず、成功事例を参照します。

創業85年の印刷業者です。大手出版会社に勤めていた20歳代後半の長男が戻ってきて経営に参画。従来の慣習が残る社内にITとAIを導入するなどして影響力を少しずつ強めていきました。当時60歳代前半だった父親である代表と衝突しながらも、「ITで印刷業界を変え、世の中を変えていく」という信念を打ち出して社内の信頼を勝ち取っていきます。

支援が始まったきっかけは、会社を継ぎ、株式を受け取る予定の後継者が経営承継円滑化法の情報を得たことでした。自分が継げば会社を大きくしていく自信がある。株価は高くなる。株式はいずれ自分が受け取るのだから、株価の低い今のうちに納税を猶予して受け取りたいという強い思いが父親である代表を動かしました。2年間にわたる支援の中で、代表交代と株式の贈与が行われ、経営承継円滑化法の納税猶予制度の申請を行いました。代表交代と株式移転は、長男が34歳の時、戻ってきてから5年目に実行されました。

事業承継が上手く進んだ要因の一つは、経営者と後継者の双方が比較的若かったことです。当時の代表は後継者のIT革命を、疑問を抱きながらも受け入れました。その結果、従業員は若返り、従業員数は増え、売上が伸びたのです。もし、当時の経営者が息子の考えややりたいことを拒否したり否定したりしていたらどうなっていたでしょうか。事業承継が進まないまま10年、15年が経過していたかもしれません。時間が経過してから事業承継をしようとしても、変化のチャンスを逃していたかもしれません。後継者が自分の才覚でビジネスにチャレンジする中小企業経営の醍醐味は得ることができず、承継はまだかと待ちくたびれて、社内の軋轢の中で疲弊した状態で継いでいたかもしれません。

「息子が運転するレーシングカーの助手席に座っている気分だった」というのは、先代経営者である父親の言葉ですが、渡す側の経営者が不安や怖い思いを我慢して助手席に乗り続けたことが、事業承継が上手く進んだ要因です。

次に失敗事例を見てみましょう。

55歳の時に個人事業を法人化して、メイクアップアーティスト養成スクールを開始した女性経営者です。スクールに留まらず、養成スクールの生徒の中から有志を募り、一定レベル以上の技術を持つ人にインストラクターの称号を与え、より多くのメイクアップアーティストを育てる環境を整えました。75歳までの20年間で教えたメイクアップアーティストは1,000人を超え、インストラクターは15人となりました。

75歳になった時にふと事業承継を考えるようになったとのこと。準備は何もしていない。たまたま立ち寄った市役所で専門家派遣精度のチラシを見て相談してみようと思ったことがきっかけで支援が始まりました。

後継者候補として、数人のインストラクターやアーティストに声をかけたのですが、ことごとく断られてしまいます。理由は2つに集約されました。「個人事業の範囲で仕事をしたい(会社を継ぐという重責は負いたくない)」ということと、「家庭の事情(介護や子育て)で難しい」ということです。

事業承継したいと思った時には継いでくれる人が見つからず、事業は継続しながら後継者を探し続けているのが現状です。

「私はもう疲れました。でも経営し続けるしかないですね…」とおっしゃり、事業規模を縮小しながら続けていらっしゃいます。後継者が見つかって承継できるのか、このまま廃業になるのか…。当方は最後まで支援をし続けるつもりです。

失敗という言葉を使いましたが、承継をあきらめたわけではありません。承継は模索し続けていきます。その意味では失敗とは言えませんね…。

このケースでは当事者の年齢が承継を阻む障壁の一つになりました。経営者自身の年齢だけでなく、後継者の年齢もポイントです。渡す側の現代表は75歳、受け取る側は教え子になるため、20歳程度離れていることが多く、後継者候補は50歳代が多くなります。するとどうなるか。①子育てが終わっていない人がいる、②親の介護が始まっている人がいる、③自身の人生のキャリアがある程度固まってきており、描くキャリアから外れることを受け入れる余地が少なくなる人がいる、という状況になります。

また、後継者候補の年齢が上がるほど力がつき、渡す側はその分だけ年をとるので相対的に力は弱くなります。すなわち力関係が逆転しやすいのです。もし、創業した20年前から事業承継の準備を始めていれば、後継者になる人が見つかったかもしれないと思わされました。後継者が見つからないのは、準備をしてこなかったからに他なりません。

この2つの事例からわかることは、事業承継をうまく進めたいなら、できるだけ早めに承継を考えて準備をすべきだということです。理想を言えば、事業を立ち上げた時や継いだ時から次の承継を考えるとよいです。しかし、事業を始めたばかりの時に次の承継を考える余裕なんてないのが普通でしょう。

――ではどうすればよいか。我々事業承継士が啓発活動を根気よく続けることが有効だと考えます。執筆や講演活動、SNSでの発信、専門家として企業を訪問した時など、折に触れて事業承継の大切さと難しさ、うまく進めるポイントを発信し続けることが重要だと思います。10年後、又は20年後の承継を見据えて今から準備をする。後継者の発掘と育成も早めに始めなければなりません。

Writer:石井 照之