事業承継で準備しておくべきポイント 後編

前回からの続きです。事業承継で準備しておくべきポイントの残り4つについてお話します。

(2)後継者教育
 後継者教育には、大きく分けて、①他社修行、②社内OJT、③外部研修、の3つに分けられます。理想の順番は、①→②→③(③は①と②との同時並行でもよい)ですが、それぞれの注意点は以下の通りです。

これらの後継者教育のポイントは、短い期間を定めて効率的に教育するということです。そして、きちんと教育予算を準備することに尽きます。特に他社修行や外部研修を「意味がない」「時間の無駄だ」と言う経営者は、本音では「カネをかけてやるのはもったいない。そんな時間があるなら社内で仕事してもらった方がよい」と考えているケースが多く、それでは次代の経営は先が暗いと言えるでしょう。なぜなら、現場で作業ばかりさせて生み出されるのは、サラリーマンであって決して後継者ではないからです。後継者とは、黙って背中を見せて何十年もかけて作り上げる時代はとうの昔に終わりました。今や後継者は短期間で作るものと発想を変えることが大事なのです。

(3)肩書と権限、責任((2)社内OJTのブレークダウン)
 肩書と権限、責任をいつどのタイミングで渡すべきでしょうか?これもよく質問される分野です。結論、肩書は一番最初に与え、まずは後継者としての形式要件を整えてしまいましょう。経営承継円滑化法を申請するなら、取締役として3年、建設・土木業界にいるなら資格要件で5年間が必要など、それぞれの役所への届出や認定に必要な肩書は、登記上のものだけで条件を満たす場合が多いので、名刺やHP上で表記する義務はないのですから、割り切って社長交代の少なくとも5年前までには取締役に就任させておきましょう。
 また、権限と責任ですが、最初は失敗してもカバーできる分野でトライアルさせるというのが王道です。1つの部門、1つ子会社などがあれば権限を与えて、責任も取らせるという方法です。もし、組織が小さくて難しい場合は、現社長の仕事のうち、影響が軽微な仕事を与えましょう。最初は仕事のコツややり方を教えますが、途中からはやらせてみて、それが多少違った方法であってもじっと見守ってください。そして、失敗しそうになっても余裕を持って、見守ることが大事です。失敗したら、なぜそうなったと思うか?何を考えてその方法を取ったのかをヒアリングし、アドバイスするのではなく、自分だったらこのように考え、こういう方法を取った。どちらのやり方が優れているだろうという議論をしてほしいのです。この“見守る”という行為は、後継者教育の中で最も手がかからずかつ最も成長を早めるやり方になりますが、同時に最も難しいやり方であもあります。なぜなら、やってみればわかりますが、自分が答えを知っている時に、間違った方法を取っている後継者を前にして見守るのは、極めて忍耐力と許容力が必要だからです。

(4)会社と経営者個人のカネのやり取り
 ここで指しているやり取りは、経営者が会社に貸しているカネ(会社からみると役員借入金)、経営者が保有している不動産を会社が使用している場合の賃料/地代、毎月もらっている役員報酬、そして、自分が引退する時の退職金などです。こうしたやり取りはどこかで線引きをして、やり取りを清算していく必要があります。どのやり取りを残して、どのやり取りを清算していくか?これは(1)の株式の移動も含めて考えなければならない課題です。特に後継者に親族外を登用しようとした時は、経営者と後継者の利害が対立しますので、この課題に早目に準備しておく必要があります。
親族外承継の時により深刻になりますので、想定を血の繋がっていない従業員に譲ると仮定しましょう。経営者が役員退職金として1億円を取ろうと考え、保険で5千万円、新たな借入金5千万円を原資にしようとすると、その後継者には借入5千万円を背負わせたことになります。これが親族なら結局のところ役員退職金の一部が相続という形で巡り巡って戻ってくる可能性があります(そうでなくとも資産家の経営者の相続財産を相続しますので、この際内訳が役員退職金かどうかはあまり関係のない問題になりますが)。ところが、親族外では個人で受け取るものがないため、この新たな借入金5千万円を自力で何とか返済するしかありません。
しかし、良い面もあります。それは役員退職金を1億円支給することによって、特別損失が計上されることで株価が下がるので、株式移転の際の売却は安くしてあげよう、というバランスを取ることが出来ますので、必ずしも悪い面だけではないということです。このように、すべてのやり取りは連動していますので、きちんとシュミレーションをしてみた上で、会社と経営者個人のカネのやり取りを考えてみるべきです。

(5)心の準備(渡す側の心掛けと譲られる側の心構え)
 事業承継のタイミングに差し掛かった経営者の心理は微妙です。特に会社と個人が混然一体となっていますので、会社イコール自分の人生という場合は、後継者が育ってきたことを喜ばしいと感じる反面、自分の好きなものを奪う人、自分を追い出す人に見えてしまうこともあります。しかし、人には寿命があり、経営者には旬の時期と引き際があります。逆に会社は、理念や想いを託す後継者に代々事業承継していくことができれば、永遠の命を謳歌することができるのです。
こうして新しい血を企業に埋め込むのが事業承継であるとどこからで悟りを開くことが心の準備の最も根源的なものになります。自分の想いを突き通すのを優先させるか、会社が継続することを優先させるか、選択するのは大株主であり、会社を作り上げた経営者でしょう。しかし、一方で後継者として指名して、教育を行ってきた後継者とその家族の立場も考慮する義務があります。

さあ、このコラムを読んで、そろそろ事業承継の準備に入ろうという気が少しでも起きたら、とにかく事業承継計画の第一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか?